知人がコロナに

一度しかお会いしたことがないのだが、facebookで繋がってる県外の人がコロナに感染し、入院された。

その方は元々コロナを甘くみていたそうだが、実際に感染されて考えを改めたという記事を興味深く読んだ。

その方は中等症IIだったそうだが、死を覚悟するほどキツかったそうだ。インフルや風邪にかかってもそこまで思うことはなかったとのこと。

コロナの症状は軽症、中等症I、II、重症とあるらしい。軽症は普通の風邪くらいのイメージだったが、自分が想像してるよりもかなりキツイみたい。

新型コロナ重症・中等症・軽症とは どんな症状?当事者の声

知人はその症状のつらさよりも、周りに感染させてしまったことの方がつらかったと書かれていた。

私はワクチンはすぐに打ちたかったので真っ先に予約して既に2回打った。理由は早く海外に行きたいからだ。(当分行けそうな状況ではないけど)

コロナについての恐怖心はあまりないが、日本や外国ではワクチンの摂取率が上がるにつれて死者数が激減してるので、重症化を防ぐ効果は間違いなくあると思ってる。(感染防止はあまり期待していない。)

でも嫁や息子がワクチンを打つかどうかなんてどちらでもいいと思ってる。本人が打ちたければ打てばいい。

しかし周りにはワクチンを打つなんて無知だアホだと言う人たちがいる。それをSNSとかで毎度のように偉い人の説明のシェア付きでアップしている。

そう思うのは勝手だが、そうやって周りにも押し付けているのは迷惑極まりない。宗教を押し付けられてる気分になる。

または、とある国が福島産の農作物に放射能が含まれていて危険だから絶対に食べるなと言ってるのとも大差ないように感じてる。とある国がそう信じて食べないのは勝手だが、世界中にそんなことをわざわざ言いふらされるからこちらも気分が悪くなる。

身内にもそんな人がいるから本当にうんざりしてる。

責任感

電通鬼十則 本文

  1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきではない。
  2. 仕事とは先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
  3. 大きな仕事と取組め! 小さな仕事は己を小さくする。
  4. 難しい仕事を狙え! そして成し遂げるところに進歩がある。
  5. 取組んだら放すな! 殺されても放すな! 目的を完遂するまでは...
  6. 周囲を引きずり回せ! 引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地の開きができる。
  7. 計画を持て! 長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
  8. 自信を持て! 自信が無いから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚みすらがない。
  9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一部の隙もあってはならぬ!! サービスとはそのようなものだ。
  10. 摩擦を怖れるな! 摩擦は進歩の母、積極の肥料だ。でないと君は卑屈未練になる。

オリンピックの開会式、閉会式では悪者にされてあまり良い印象がないが、ここに書いてあることはとても共感するし理解できる。

幾多の嵐の中を航海してきた船乗りと、静かな海ばかり航海している船乗りではどちらが立派に逞しく育つことができるのか?

生ぬるい気持ちでは人生の荒波は乗り越えてはいかれない。

久々の更新

自社のウェブサイトをテコ入れしていかなきゃと思いつつ、なかなか余裕がなくて放置していたところ、なんと私のブログがエラーで1年以上閲覧できない状態だった。

誰か教えてくれよと(特に自社のウェブサイト管理者!)言いたいところだが、まあ誰も見ていなかったということなのでそれはそれで悲しい。(そして1年以上更新してないオレが一番悪い。)

「愛」の反対言葉は「無関心」

ちゃんと従業員ひとりひとりを見ていかなきゃなぁ。

しかしどこまで関わっていいのか悩む事もある。
特にプライベートなことには注意を払う。

変なこと聞いてしまうとすぐにセクハラとかモラハラなどと訴えられる世の中。

話は変わるが、今日久々に同友会の経営フォーラムにゲスト参加した。
色々思うところがあり、5年ぶりに復帰しようと思う。

皆さんこれからもよろしくお願いします。

環境の急激な変化

2日前まで島根県はコロナの感染者数が0人で、安心な場所だと誰もが思ってた。

ところが2日前の夜に松江市内でコロナ感染者が1人見つかり、島根県中が大騒ぎになった。

それから数日の間で、松江市の感染者数は6名(4月11日午前10時現在)に増え、楽観的なムードは消え去り、一気に緊張感が高まった。

そして、私の知ってる飲食店が続々と休業を決めた。コロナの出どころが松江の伊勢宮という飲食店や夜の店が密集する地域なので、近くで店を構えるオーナーは特に危機感を感じだことだろう。

うちの会社も、来週月曜日に緊急会議を開き、テレワークへの転換と雇用調整を一気に進めようと思う。

そのための準備は少しずつしてきたので、今がそれを実行する時である。スピード感を持って、環境の変化に対応していきたい。

話は変わるが、テレビやネットを見てると(周りにも一部おられるが)政府の決定に批判ばかりしてる人たちがいる。

私の持論だが、批判は簡単。幼稚園児でもできる。しかし、決断はとても難しい。全責任を負うことになるのだから。

批判してる人の多くは氷山の一角だけを見ているように感じる。 表面に見えることだけで、または短期の狭い枠組みの中だけで意見を述べているように思える。(もちろん、理論やデータに基づいて意見している人も中にはおられる)

でも実際はトップは氷山の見えない部分も見すえながら、例えば表沙汰にできないことも含めて多くの情報と専門家のブレーンの意見を集約し、さらに長期的に見て物事を決断をしているはず。

規模は小さいが、私も会社の代表をしているのでその辺りが少しは理解できる。批判ばかりいう部下ほど面倒くさいものはない。(もちろん、会社のためを思っての前向きな意見なら大歓迎だが)

例をあげると、島根で1人目の感染者が出た時、学校名を公表したことを批判をする人がいた。

私はそれは悪いことだとは思わないし、理解できる。だって、そんなことをしたらすぐに身元がばれて、その人も学校もおかしな目で見られてかわいそうに思うから。

しかし、次の日に公表された内容を聞いて、それでも同じように思える人がどれだけいるだろうか?

その公表された内容とは、その親子が連休中に高速バスで大阪に遊びに行き、その後その子のバイト先の飲食店(夜の街にあるお店、詳細は不明)で4人の感染者を出し、クラスターを起こした可能性がある。という内容。

県はその情報を知ってたから、まずは緊急度の高い学校名を公表し、追ってバイト先を公表したのだと私は思う。これ以上感染者を増やさないためにも。

多くの情報で総合的に判断するか、目先の情報で判断するかで結果は大きく異なってくる。

マスクだって466億円のお金が使われることに批判してる人が多いが、もしそのマスクで感染が広がるのを少しでも防ぐことができたらそれ以上の医療費を使わなくてもすむかも知れない。そしてそれ以上の経済損失がでるのを防げるかもしれない。そういうデータのもとでの判断じゃないかなと私は思ってる。

布マスクは自分への感染予防にはあまり意味がないが、人への感染予防には多少の効果があるようだ。ウイルスを撒き散らすのを食い止める方が先という考えは大いにありだと思う。

あと、コロナ向け経済対策には108兆円が使われるそうだ。マスクはその1/2000以下の予算くらいだろうか?

おそらく、108兆円の中にも「?」と思う制度がありそうだが、数字がデカすぎて私はピンとこない。

とにかく、今回のコロナ騒ぎはこれからどうなるか誰も分からない。データもない。周りは批判や文句ばかり言って足を引っ張る。でも決断して実行していかなくてはならない。

だから今は政府を信じ、全員が1つになることが大事なんじゃないかなと思ってます。

働き方改革と言うけれど

会社の第6期が終わった。

まだはっきりとした数字は出てないけど、売上だけは過去2番目に多かった。

しかし、その売上は私が会社を設立して間もなく、営業もデザインも事務も施工も、補助金申請まで全て1人でやってた時の数字とほぼ変わらない。

今は私と社員が3人、それにパートが1人いるので、一人当たり採算でみたら4分の1以下になっている。

かと言って、みんな暇にしてるわけではなく、私から見ても本当に一生懸命に頑張ってくれてる。

私もまだまだやることがいっぱいあり、時間に余裕ができたというわけでもない。

じゃあ何でこんな結果になったのか?を考えてみた。

恐らく、自分がやり方を変えていないからだと思う。

自ら動くプレイングマネージャーのやり方と、組織をまとめる経営者のやり方というのは恐らく違うのだろう。

先日、ある現場で、あえて自分は監督業をやってみようと指示役に徹してみた。

すると慣れてないもんだから人をうまく動かすことができず、ものすごく効率が悪くなり、結果予定よりも完了がかなり遅くなってしまった。

自分がやった方が早いのに!。。。という気持ちを抑えながら。

まだ自分は監督としては未熟だなと思った瞬間だった。

それによく思い出してみると、4年前に一人で今と同じくらい稼いでた時は、私は現場に入らないと決めていた。

代表者がこういう現場の保険に入るのにはハードルがあり、その保険をかけない代わりに自分は現場には入らないぞと決めていたのだ。

それがいつしか経営者の保険に入り、今では現場は普通に入るようになっている。

もしかして、「やらないことを決める」ことが大事なんじゃないか?

何でもかんでもやってしまうから、忙しい割に成果が上がらないのでは?

今一番必要なのは、自分の働き方改革だった。

素晴らしい先生

私は長い間(かれこれ10年以上)小学校のPTAで広報の仕事をしている。

ほとんどの親御さんと一部の先生は全くやる気がなく非協力的なのだが、中にはとても協力的な人もおられる。

特に、次の3学期担当の若い女性の先生。

先日、私の携帯にその先生から電話がかかってきて、「3学期担当のPTA理事さんと委員さんの名前を教えていただけますか?」と聞かれ、何するのかな?と思いつつ、調べてお伝えした。

その数日後、再び先生から「3学期の広報誌をこれから作っていくにあたり、PTA理事さんと委員さんとで集まることになりました。しかし皆さん今までやったことがないので、もし都合が合えば西森さんも参加していただけないでしょうか?」

と連絡があった。



私は広報部の仕事を長くやりすぎたせいで、あまり意欲がわかず、新しいことにも挑戦しなくなっていた。

去年と同じようなことしとけばいいやという気持ちになっていた。



しかしこの先生は、いやいや渦に巻かれるのではなく、自らが渦を作り出そうとしている。



先生の仕事はとても忙しそう。

特にこの小学校は「不夜城」と呼ばれており、毎晩夜遅くまで職員室の明かりがついている。

少しでも自分の仕事を減らそうと思うのが普通だと思うが、この先生は自ら動いてPTAの皆さん(広報代表の私も含め)を引っ張ろうとしている!

しかも金にもならんのに。。。

私は驚くと同時にとても嬉しくなり、もちろん行きますよ! とお伝えした。



一人の前向きな行動が人の心を動かし、ものごとを成功へと導く。



ことなかれ主義、見て見ぬ振り、仕事が忙しい、

世の中それが普通なんだと半分諦めていたからこそ、自ら進んで行動することがとても素晴らしく尊く感じた。

この若い女性の先生を見習い、自分も嫌なことでも進んで動いて、自ら渦をつくっていく人間になろうと誓ったのであった。

払いたいと思われる人になる

先日の会合で、松江を代表する企業の社長とお話をさせていただく機会があった。

その会社は工事代金が高くて有名だが、多くの顧客がおり、あちこちで工事をしているのを目にする。

その社長に、「なぜ工事代金が高いのに、多くのお客様が発注して下さるのか?」と大変失礼な質問をしてしまった。(酔っ払ってたので)

するとその社長は、「金額を下げれば簡単に仕事は取れる。しかしそれは営業の力ではない。金額が高くてもその人にお願いしたいと思われるようになければならない」とおっしゃった。

確かに、そこの会社の営業さんも現場の人も、とても魅力的で好感の持てる方が多い。


例えば給与や賞与にしてもそうだ。
「この人にはもっと多く払いたい」と思う人もいれば、「この人はまだ給与の分も働いていない」と思う人もいる。

仕事への頑張り度、会社への貢献度、人間性などによって自分の独断で考えているのだが、それでは納得できないという人も出てくる。

なので、「どうすれば給与をもっと多く支払いたいと思われる人になるか?」というのを明確にし、納得してもらえるようにしていこうと思う。


そして、仕事においてもお客様に「もっと弊社にお願いしたいと思われるようになるにはどうするか?」という視点で考えてみよう。

業界を地域を引っ張る会社

先日、業界で注目されている社長と少しだけメッセージでやり取りをさせていただいた。

そこに書かれていた言葉が「業界や地域を牽引していきましょう!」だった。

それを見て、ハッとさせられた。

創業して7年、会社を設立して5年、もうすぐ50才のおっさんになって、気持ちが守りに入ってなかったか?

もっと大きな志を抱き、視野を広く持たなきゃと思った。

今、周りには若くて勢いのある人がたくさんおられる。

気持ちだけはずっと若手だったのだが、いつの間にか若手の年齢は通り越していたようだ。

守りに入って小さく縮こまってないで、「業界や地域を引っ張る」突き抜けた会社を目指してこれからも頑張ります!!!

ラグビーワールドカップ

ラグビー日本代表の活躍に、ラグビーワールドカップに夢中になってる。こんなにラグビーが面白かったとは!

YouTubeも何度も見て余韻に浸ってる。最初に見たときは「なんで日本代表に外人が大勢いるんだ?」と思ってたが、皆さん日本人以上に日本人の心を持ってるように感じるし、今では日本代表の皆さんを心から誇りに思う。

そんな日本代表の勝利のインタビューを聞いてて、明らかにうちと違うと思ったことが2つある。

1つは、「自分を信じる」

明らかに格上で強い相手に対しても、チームの全員が勝つことを信じて戦っている。

その信じ込む力がすごいと思った。

我々の会社では、目標に対して本気で達成できると信じている人がいないように感じる。

会社の目標が達成できてもできなくても、自分には関係ない、目の前のことだけしっかりやればいいという考え方。

果たしてラグビーで、そんな考えの人が1人でもいたらどうなるか?

絶対に今の結果は残せてないと思う。

スクールウォーズでもやってた「one for all , all for one 」(1人はみんなのために、みんなは1人のために)

このような組織になるかどうかは、すべてリーダーで決まる。

つまり、自分を信じて全員の力をまとめ切れていないのは、リーダーである自分がまだまだだということなのだ。

2つ目は、先ほどとかぶるのだが「共通の目標。」

ベスト8という共通の目標を達成するために、過酷な練習に耐えてきたとインタビューに答えていた。

何をすれば目標を達成できるのか。。。?

監督やコーチの指導の元、チームが強くなるためにトレーニングを重ねてレベアップしてきた。

そこで自社と置き比べた時、自社の目標の達成のために自らをトレーニングしてきたか?という疑問にぶつかった。

正直、様々な施策は行なっているものの、自らのスキルアップはほとんど行なわれていないということに気づいた。

これでは、自らのトレーニングをせずに力をつけないまま、小手先のテクニックに走ってるだけでほないか?

大した練習もしないで、そんなんで勝てる???

人間的な部分を成長させるのが最も大事だと思う気持ちは変わらないが、それと同時に仕事のやりかたや技術もトレーニングして鍛えていかなければならない。

自分を信じる「気持ち」と、目標を達成するための「教育」。その2点がうちには明らかに足りなかったことを学ばせていただきました!

これをどう実践させるか、更に自分も勉強して社内に落とし込んでいきます!

新入社員

10月から新しいスタッフが入社してきた。

会社を設立して6年目。
目標は「毎年一人ずつ社員を増やす」だったのだが、昨年度は増やすことができなかった。

それで今期こそはと一番の目標を「新しいスタッフを入れる」とし、これまでそのための準備を進めてきた。これで社長をはじめ、営業、デザイン、施工、事務の担当者が揃った。

人を1人増やすには年間300万円近くかかる。
つまり、会社がそれ以上を稼げるようにしておかなければならない。

そのためには、今までと同じように仕事をしていては絶対に無理。
自分たちの意識と行動を変えていかなければならない。

話が変わるが、私が前の会社をやめたのは7年前。
やめた理由について、周りでは誤解している人もいるようなので説明しておくと、一番の理由は前の会社を守りたかったから。

自分は前の会社では代表権なしの社長だったので、実権は両親が握っており、やりたいことをやらせてもらえなかった。
特に両親の社員への対応が私には我慢できず、いつもケンカをしていた。
私は社員を大切にしたいと考えていたが、両親は社員を道具のように扱っているようにしか思えなかった。

最初の頃は両親と戦っていたが、しばらくすると経営幹部(家族)4人のうち、3人が社員のことを悪く言うようになり、太刀打ちできなくなってきた。
私が「俺の右腕となってくれ」と言ってた社員も両親によってやめさせられた。

社長の言ってることと会長の言っていることが違う。
こんなことで会社がまとまるはずがない。
当然社員は定着せず、業績も下がっていた。
それで当時寝たきりだった会長であり代表の父に直談判した。「もう引退して、自分を代表にしてくれ。」

しかし父の答えは「NO」だった。
それどころか、お前に継がせるくらいなら母に経営権を渡すと言ってきた。
そんなにも信頼されていなかったのかと悲しかったが、それでも母が代表権を持って仕切ってくれればそれでいいと思っていた。
しかし、その次の父の言葉で心が折れた。

「そんなにやりたいなら、会社を辞めて自分でやれ。」

自分はこの会社で死ぬまで自己を犠牲にしてでも一生懸命やっていくつもりだったが、自分はこの会社に必要とされていなかったのだと感じた。

それでもこの言葉を受け入れてやれるまでやってみようと、半年間全力で働いた。しかし業績はジリジリと下がっていった。

このままではこの会社はいつか必ずダメになる。
自分ももう自分の力に限界を感じていた。

そこでハッと思った。
会社が一丸となるには、私以外の3人は同じ考えなのだから、自分が引けば会社が一つにまとまるのではないか?

自分の理想とする会社は作れなかったが、他の3人の家族が力を合わせれば理想とする会社ができるかも知れない。

そう思ってやめることを決心した。40歳の誕生日の前日だった。

貯金もない、スマホも車もパソコンも返却したので持ってない。
文字通りゼロからのスタートなので不安しかなかったが、自分が犠牲になるしかないと思ってた。

そしてこれからは自分が「人のための会社をつくる」との思いで、自分の家族も、前の会社も背負う覚悟で独立した。

当時決めていた自分のルールがあった。
・前会社のお客様の仕事は受けない。しかし前の会社に断られたなど、どうしてもという場合のみ受ける。
・営業活動や広告宣伝は一切しない。(前の会社とバッティングするから)
・受注したら、前の会社に発注する。

前の会社の社員数名から、もうやめたいと何度か相談がきた。
しかし、あなたがやめると会社がダメになってしまうから、もう少し我慢してくれと何度か説得したこともあった。

そしてある日、ようやくまとまった仕事が受注でき、やったと思いながら前の会社に仕事を発注したら、受けることができないと断られた。
残念な気分だったが、同時にもう前の会社は背負わなくていいのだと少し気が楽になった。

それから1年半後、松江で会社を設立した。
その理由は、出雲で頑張っていてもお互いの首を締めることになるから。
それと、自宅では社員が幸せになれる会社は作れないと思ったからだ。

そして今回、新しく社員が入ってくれた。
その社員は看板業は初めてだが、可能性は無限大。
この社員には家族もいる。この社員と家族を、うちの会社全員の力で、どのようにしたら幸せにできるかなあと考えている。

会社も、そこで働く人も、関わるすべての人が皆幸せになれる会社を目指してこれからも頑張り続ける。