経営者は「どうしてもこうありたい」という強い願望を持て(機関誌150号)

機関誌

今年の5月13日から開始した「一人機関誌マラソン」だが、今回の150号が今持っている最後の号。手元にある機関誌15冊の制覇をとりあえずの目標にしてきたが、今の所は一度もサボることなくやり続けることができた。

普段、読書の習慣なんて全くなかったから、なかなか大変だった。
毎回、読むのに2〜3時間、感想まとめるのに1時間はかかっている。

それにしてもまだたったの1/10しか終わってないとは。。。
まだまだ先は長い。

さて、今回のテーマだが、「経営者は「どうしてもこうありたい」という強い願望を持て」

経営12ヶ条で言えば、「3.強烈な願望を心に抱く」

それを実現するためには、「自分の会社がどうあるべきか」という目標設定を明確にすることが第一番。

それも漠然と描くのではなく、潜在意識に透徹するくらい明確に「見えてくるまで考え抜く」

そしてその考えを従業員の一人ひとりに、自らの口で語り続けること。

ある経営者は、会社のビジョンを「カラーで手に取るようにイメージできるまで考え抜く」と言っていたな。

思い返して見ると、私の立てたビジョンや目標は、どことなくぼんやりしてて、カラーどころか白黒でも見えない。

「〇〇になればいいな!」という程度であり、そうなった時の会社の様子も、社内の様子も、従業員の様子もイメージできてないことに気づいた。

まずこの時点で「強い願望」になっていないじゃないか。

こんな思いで、従業員に説得力を持って伝えられる訳がないではないか。

経営12ヶ条は頭では理解していたつもりだが、ぜ〜〜んぜんできてなかった!

どうりでなかなか進まない訳だ(-_-;)

もっと夢があふれる姿へのイマジネーションを働かせなきゃ。
5年後、10年後、そして20年後の私が66歳で引退してるかも知れない時のグローバークの姿を。

まずはそこから。

経営の使命と人間の本質 ー機関紙149号ー

今回は、従業員に対して厳しく指導のできない経営者に向けて、経営者とはどのようにあるべきかについての内容であった。

私もそうであるが、従業員や子どもに対して、ハッキリとものが言えないことがある。

「こんなこと言ったら反発するかな。。。?」

「自分はどうだっけ?」

「どのように伝えたら、理解してくれるかな?」

「どういう心理でやったのかな?」

「やめてしまわないかな。。。?」

などとしばらく考えてから伝えている。

すると相手は表面では「分かりました」という対応をするが、同じことを繰り返したりすると「‥本当に聞いてたのか?」とイライラすると同時に、自分の言葉の重みの無さにもガッカリする。

そこで現在弊社でも実践している方法が書かれていた。

「自分が「こうだ」と言っただけでは、部下が信用してくない。そこで、それを私(稲盛塾長)が言ったことにする。そうすれば、一も二もなく聞くようになるでしょう。虎の威を借る狐ではありませんが、そこはうまく利用されたらいいのです。」

弊社では、朝礼時に全員で「京セラフィロソフィ」の輪読を行い、一言ずつ感想を述べあっている。もし朝礼に不在の場合は、後ほど読んでレポートを提出してもらっている。

元はと言えば、私が個人的に京セラフィロソフィを勉強したかったのだが、どうせやるなら全員で内容を勉強して理解すれば、私がフィロソフィと違う行動をした際に「社長は偉そうなことを言ってるが、口だけではないか」と従業員から後ろ指を指されないようにすることで、自らを律することもできると考えて全員でやることに決めたのだ。

しかし全員でフィロソフィを学び、感想を話すことで、まずはみんな心がきれいで真面目な人間だと言うことが分かった。そして、みんなの意識に変化が起きてきているように思う。フィロソフィとは道徳で教わるような「人間として正しいことをする」という内容なのだが、私が言いたいことも時々含まれており、今まで色々社員教育をやった中で、最も効果的じゃないかなと感じている。

これぞまさしく「虎の威を借る狐作戦」。

そして最も響いたのは

会社の社是をしっかりつくって、これで経営しますと決めたら、それからは「私の会社」ではなくります。「みんなの会社」になるのです。

私は頭が切れるわけでも、優れたリーダーでもない。話はヘタクソだし、人間としての器もまだ中途半端。

だからこそ人より一生懸命働いて、みんなが「この会社で働いて良かった」と思える会社にしていきたい。

そしてこの会社を存続させ、皆さんの生活を守っていかなければならない。そのためにも、ぜひ皆さんに協力をお願いしたいのです。

すばらしい協力をして下さる人たちを、私はどんなことがっても大事にし、幸せにします。

Webの勉強も

情報はWebで十分だと思っていたが、やはり勉強するには本が必要。

こういうのは得意分野なので、サクサク頭に入ってきます!

これでもっとお客さんのお役に立てるはず。

超初心者用の本だけど。

SEO対策など

何年も放置していたSEO対策を見直してみた。

具体的には、google adwordsのキーワードを変えたり、タイトルを変えたりなど。。。

見出しだけで全然イメージが変わって、アクセスアップの予感!

WordPressの勉強


実はこのブログもWordPressを使い、試行錯誤で自分で作ったのだが、もう少し勉強してみようと思う。
まずは自社のサイトをリニューアルし、次にお客さんに簡単なウェブサイトを提供できるようになるのが目標。
私はネットが流行りだした15年前頃に「ホームページビルダー」というソフトを使い、自分でホームページを作ってた。内容は素人丸出しのひどい内容だったが、FLASHなども使ってロゴを回転させたりしてた。
その後、DreamWeaverというソフトを使っていたが、バージョンがかなり古くなってしまったので、何年も前からパソコンにはソフトを入れていなかった。
それから起業し、やっぱプロに作ってもらった方が早くて上手だと思ったので、お金をかけてホームページを作ってもらった。しかし、内容を修正するのに時間も費用もかかってしまうので、何年も更新されていない。
これじゃいかんなと思ったので、今回勉強することにした。
何より経費も節約できるしね。

敬天愛人を生きる ー機関紙148号ー

今回の内容は京セラの社是でもある「敬天愛人」
「常に公明正大 謙虚な心で仕事にあたり 天を敬い、人を愛し 仕事を愛し 会社を愛し 国を愛する心」という意味で、西郷隆盛(機関紙では西郷南洲と書かれていて、最初誰かと思った)の言葉だということは知ってるが、どのような深い意味が込められているのかということを再確認しながら読んだ。
私なりにまとめると、いつも塾長がおっしゃってる「人間として正しく生き、世のため人のために尽くす」ということであった。
私は現在、経営者という役割をいただいて生きている。
経営者としては、まだ決して良い結果は残してはいないが、前の会社では5年間に渡って社長業(代表権なしの)を務め、起業してからは現在6年目に入っている。
振り返って見ると実は10年以上も経営者をやっているのだが、今自分がしっかりと自覚しておかなければいけないのは、自分だけが儲かるためだけに経営者としての能力を授かったのでも学ばせてもらったのでもなく、「経営者という自らの役割に全力で取り組み、一緒に働く人たちや世の中をよくしていかなければならない」ということ。

「トップに立つものは天道を踏み行うものであって、少しでも私心を挟んではならない。利己または自分を大切にする思いを差し挟んではならない。」

「自分自身のことは犠牲にしてでも会社のことに集中する。それがトップの義務。」

最近、朝礼時に京セラフィロソフィの輪読を行なっているが、読み進めるうちに自分自身ががんじがらめに締め付けられている。
「私心のない判断を行う」
「フェアプレイ精神を貫く」
「公私のけじめを大切にする」
経営者だからこれくらい経費で・・・とか、
儲かるならちょっとぐらいのルール違反なら・・・
というのを、「もう今後はやらない」と、皆の前で宣言してきた。
皆と一緒に学び、皆の前で宣言することで、自らをやらざるをえない状況に追い込むのが目的で、これまで皆でフィロソフィの勉強をやってきたのだ。
そうすると、スタッフからも気を使って私とは言わなかったが、「他の会社で、経費を私的に利用してお土産をもらったけど、あまり嬉しくなかった。」という意見がでた。
やはり従業員はちゃんと見ているのである。
そして、そのように正しい心を持っている従業員を尊敬した。

経営の判断基準を「人間として何が正しいのか」という一点に絞る。物事の根本というものは単純にして明快。

自分ではできていたつもりだったけど、実は全然できていなかった。
頭では分かってたけど、徹底して実行していなかった。
そんなだから、良い結果として現れないのだと今では思っている。
なぜ良い結果を出さないとならないか?
なぜそうしてまで自らを追い込まなければならないのか?
それは、私には全従業員を幸福にするという「使命」があるから。
そして、そう思える従業員をもっと増やしていきたい。
それによって、うちの看板をより多くの会社へと役立てることができる。
それが社会への貢献であり、私の経営者としての役割だと考えている。

仕事場

私の仕事は基本的にどこだってできる。
自宅だろうが、カフェだろうが、海外だろうができる。(ネットさえつながれば)
ちなみに今は、出雲イオンのフードコートで仕事してる。
社内連絡やチャットはslack、仕事管理はasana、FAXはメールで届く(FAXは使わないようにしてる)。
これらの情報は、全てリアルタイムでスマホとノートPCに届く。
経理はMFクラウドでブラウザ上で確認。
仕事のファイルなどは、dropboxで共有。
見積や販売管理のみ、会社のサーバーに入っている弥生販売にアクセスして行っている。これはTeamViewerというソフトを使っている。社内のパソコンが調子悪くなれば、遠隔操作でパソコンにつないでデスクトップを見ながら操作することもできる。
会社にはウェブカメラがついているので、その気になればずっと社内の様子を見てることもできる。(ほとんど見てないが)
それでも毎朝、会社に1時間弱かけて通勤してる。
会社に行くと、正直あまり集中して仕事できない。
スタッフが色々聞いて来るし、電話はかかるし、何かあると気になるし。
なんでわざわざ会社に行ってるのかというと、スタッフに成長してもらいたいからというのと、スタッフに安心して仕事してもらいたいから。
早く俺がいなくてもスムーズに仕事がまわるようになって欲しい。

育つ

一歩一歩成長しているスタッフがいる。
昨日できなかったことが、今日はできるようになった。
本当に嬉しくて、まるで赤ん坊が初めて自分の足で立った時のような心境!
スタッフに芽生えた、この挑戦する気持ちをずっと忘れずにいてもらいたい。
せっかくの芽をつぶさないよう、これからも大切に育てていきます。

共に生きる ー機関紙147号ー

今回の塾長講話は「共生」について。
読んで字のごとく、「共に生きる」ということだが、安易に「助け合って生きる」というのとは異なり、「生きると言うことは厳しいものです。さまざまな重圧がかかり、障害があり、厳しい環境に追い込まれます。その中で、それをポジティブに受け止めて、その厳しさが今日の私をつくってくれたと感謝をする。そういう生き方が「共生」なのです。」
と書かれていた。つまり、
「必死に生きていき、その中にこそ調和がある」
ということである。
道端の雑草も、サバンナのライオンも、鹿も、周りのためと考えて生きているのではない。自らが生き残るために弱肉強食の世界で必死で生きている。その中で食物連鎖などの「調和と循環」が生まれてくるのだという。
「共生」とは生易しいのとは違い、たくましさがいるのである。
「目先のことだけ考えて共生と言ってはいけない。そんな生っちょろいことを言っているのではないりどんなに厳しい状況でもそれが自分を強くしてくれると感謝して、努力に努力を重ねて強くなりなさい。その上で、その中で共に生きていくのが共生なのです。」
講話の中で、松下電子工業の下請けだった京セラの話が紹介されていた。
松下電子工業は、毎年毎年、京セラに対して鬼のような値引き要求を行なっていき、京セラもそれになんとか応えようと、効率化をはかったりなどの企業努力を重ねて、鍛えられてきた。そうすることで、短い期間で会社を強くすることができ、お互いが切磋琢磨して成長していった。これが「共生」であると。
だから松下さんには大変に感謝をしておられるということです。
私なら毎回愚痴を言ってしまいそうです。。。
よく出てくる「利他」という言葉は、安易に「相手が喜ぶために尽くすと」いう意味でとらえがちだが、例えば企業間取引において、相手が喜ぶように高い値段で仕入れをしてあげたり、談合して住み分けをしたりするという、「下手な、近視眼的な優しさや思いやり」という考えは間違っているという。そんな生易しい生き方で、そんな甘えの構造があったのでは、下請けだってすぐに淘汰されてしまう。
つまり、優しい思いやりというのは、安易な優しさではなくて、厳しさの中にある優しさなのだという。そのところを誤解しないように、短期的な視点ではなく、長期的な視点で、更に相手にとっても自分にとってもよかれと思う判断をしていこうと思う。
そして、なぜ経営するのに正しい心が必要なのかが書かれていた。それは、

「自分自身の人生、将来には必ず明るいものが開けている。それはこの宇宙が、ポジティブで良い方向に行くように仕向けているのだから、それに逆らって反対側を向かない限り大丈夫だ。自分もそれを肯定し、『私の人生は必ずうまくいく』と信じて、一生懸命努力をしさえすればいいのだ」と思っている人は、必ずうまくいくようになります。」

今まで何度もでてきたフレーズで、そんなもんなのかと軽く読んでいたが、今回初めてハッとさせられた。
まとめると、どんな人間も幸せになるように、宇宙の意思というものが働いている。その力を受けるためには、人間として正しい心で考え、行動すること。ということです。
少しスピリチュアルな話のようにも聞こえるが、稲盛さんは自らの人生でこのように確信を持たれたそうだ。
私の人生、仕事はきっとうまくいく。
これからも人間として正しい行動をし、一生懸命に努力をしていきます。

「生き方」を読んで(2011年12月の感想)

ブログを整理していたら、7年前に読んだ稲盛さんの「生き方」についての感想がでてきたので、アップしときます。我ながらなかなかいいこと書いてます。

2011年12月07日

「生き方」を読んで

経営や人生には色々と考えさせられることが何度もあります。
稲盛和夫著の「生き方」という本には、人は何のために生きるのか、何のために働くのかが書かれています。昨日久しぶりに読みましたので、大切な部分をメモしておきます。
『成功のイメージをカラーで鮮明に描く。』
『イメージが克明に目の前に見えたとき、その想いは成就する。』
まずはこうなりたい!という強い願望を持ち、それを目を閉じていても鮮明に浮かび上がるようになるまでイメージをする。ビジョンを細部まで明確にイメージすることで、それが達成される確立は高くなるようです。他の大経営者は、まるで未来に行ってきて、実際に見てきたかのようにビジョンを明確に持っているとおっしゃってました。ボンヤリとしたイメージではやはり弱いんですね。
『今日一日の繰り返しが、一週間、1ヶ月、一年となり、気が付いたらあれほど高く手の届かないように見えた山頂にたっていた。』
『いたずらに明日を煩ったり、将来の見通しを立てることに汲々とするよりも、まずは今日一日を充実させることに力を注いだ方がいい。それが結局、夢を現実のものとする最善の道。』
今日という1日を一生懸命頑張って生きるということです。
口で言うのは簡単ですが、これを毎日やり続けるのはとても難しいことだと思います。
会社で毎日のように起こる様々なことを精一杯こなしているばかりだと、自分の想い描く姿にいつになったら到達できるのかと不安を感じることがあります。あの稲盛さんでさえそうだったようです。しかし、毎日を一生懸命働き、誰にも負けない努力を続け、一歩ずつ積み上げてきた結果が、今の京セラの姿であると稲盛さんは書いておられます。
経営者であれば叱る人が周りにはあまりいないので、つい自分との約束を破ったり、楽な方に流されたりしがちです。夢を実現するには、自らを律する強い意志が必要です。
『人間の能力は無限である。』
どんな困難な仕事でも引き受ける。
その時点では実現は困難だが、そこから考えに考えを重ね、何度も挑戦し続けることで不可能が可能になる。それを行うことで人間の能力は向上していく。
私も困難な仕事を今まで何度も引き受けてきましたが、必ず最後には何とかなっていました。それが自らの成長に繋がったと断言できます。
人の持っている能力は、なかなか分かりづらいものです。私も今まで、社員に仕事を任せる時は不安で仕方がないのですが、結果的に私が思う以上の成果を出すことの方が多いです。
能力を引き出すには、やはり人に責任を持たせて任せることが大切であると感じました。
『事業の原理原則は、会社の私益やメンツにあるのではない。社会や人の役に立つことにある。』
『才を私物化してはならない。私有物として私利私欲のために使うのではなく、公の利として自分の能力を発揮する。』
何のために事業を行うのか。何のために生きるのか。
結論として、世のため人のために自分の能力を役立てることではないかと思います。
これからも決断に迷うことがあった場合、たとえ自分にとって困難な道であったとしても、人として正しい道を進もうと思います。
経営者が儲けるために会社があるのではないのだと思います。
やはりそこで働く社員の幸せのため、そして商品を必要としてくれるお客様のために会社は存在しているのだと思います。その結果でえある利益は、更に良い商品やサービスを世の中に提供するため、そして税金として地域社会に還元するためです。だから会社はどんなことがあっても継続していかなければなりません。